うつ病40代サラリーマンの休職日記

東京から名古屋に左遷されうつ病になったサラリーマンの闘病記です。適応障害で異動願いを出しています

休職から復職。新部署へ異動してみたら・・・

こんにちはあぽろです。
4月1日から東京本社に復帰出来てはや1週間が経ちました。

あっという間の1週間でした。

しかし内容の濃い1週間でもありました。
1年間名古屋に左遷されていた空白期間を埋める為に費やした思いです。

新しい自分の席。でも1年前と同じフロア。

不思議な既視感。

微妙な周りの視線。これは気のせいでした。

もともと自分が居たフロアだった為か、通りすがりに色んな人が声をかけてくれました。

「よく戻れたね。」

「久しぶり。」

「あれ?どっか行ってなかったっけ?」

温度感に違いはあれど色んな人に覚えていて貰えた事が嬉しかったです。
この春で異動してきた人達からも声をかけてもらえました。

以前の同僚からは

「じゃあ昼飯でも一緒に」

と昼ごはんを食べながら、名古屋での出来事も少しずつ話せました。

やはり、東京本社が私の  ホーム  でした。

まだ、新組織となったばかりで私の役割も具体的にはこれから相談という雰囲気なのでまずは職場の空気感を取り戻すことにしました。

つまり、仕事は殆どしないでぶらぶらする。という事です。

こまめに喫煙室に行きタバコを吸っていました。
息抜きと共に誰か知っている人が来れば挨拶しようという目論見です。

この感覚はタバコを吸う人にしか分からないとは思います。
喫煙室には部門を越え、年齢を越えて色んな社員が集まるので復帰した挨拶をするにはとても都合が良いのです。

喫煙室には私がとても御世話になった元商社人事部長だった方も来られます。
その方が喫煙室にやって来るタイミングを知っていたので早々にお会い出来ました。

「お!久しぶりだね。」

明るく声をかけて頂けました。

「名古屋から戻りました。もう東京に引越し終わりました。」

新しい部署や誰の部下になったかも合わせて報告しました。

「そりゃあ良かった。何処に住んでるの?奥さんは元気?」

さすがだと思いました。
即座に私の家族や住まいの事を心配してくれたのはこの方だけです。
自らも沢山の部下を持ちながら今は部下でもない私の私生活を心配するその懐の深さに感銘しました。

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ぶらぶらするとは言え全く何もしなかった訳ではありません。

最も重要なのは、東京本社に戻る事が決まってからかかった経費の精算です。

とても沢山経費がかかりました。

・社宅の内見の為、家族を連れて一泊で東京、名古屋間の往復

・一端決めさせられた社宅をキャンセルして再度自分で見つけた部屋を社宅化する為の東京、名古屋間の往復

・大家不動産会社へ契約と鍵受け取りの為の東京、名古屋間の往復

・猫2匹を連れて東京に引越しする為の車移動の高速代

その他諸々かかりましたが経費精算出来そうなのは上記4件ほどです。
これに社員としての現住所変更届け。
通勤経路の報告と通勤費の申請。

久しぶりの事務作業なので間違いの無いようにじっくり時間をかけて行いました。
半日以上はかかりました。

そして、申請が承認されてから経理部へ挨拶も兼ねて書類を手で持って行きました。
経理部の人達は移動もなく私のことも覚えていてくれてほっとしました。


そんな作業をしている時、偶然別件で人事部担当者が私の席を通りがかりました。

「あ!色々御世話になりました。」

立ち上がり軽く頭を下げました。

「良かったですね。ちょっと引越しでトラブルあったみたいですね。」

人事部担当者は社宅管理会社の評判が実は社内でも悪い事、但し社宅管理は自分の管轄外であるので手が出せないと打ち明けました。

「何はともあれ、頑張らずにがんばって下さい。」

そう言うと何と手を差しのべて握手を求めて来ました。

「!!!」

驚きました。彼の性格はそんなタイプじゃありません。

瞬時に私は1年前、最初の左遷人事と報復人事で元上司から私がモラルハラスメントを受けている事を最初に訴えたのが彼であった事を思い出しました。

「ありがとうございます。」

私も手を差しのべて人事部担当者の手を握りました。
彼の手は疲れてぐにゃりとしていましたが、私は強く固く握手を返しました。

粘り勝ちです


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何処までも続きそうな平野と街並み。明るい未来を想像したくなる街です

うちの会社ブラック企業ですかね?

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