休職から復職。新部署へ異動してみたら・・・
こんにちはあぽろです。

4月1日から東京本社に復帰出来てはや1週間が経ちました。
あっという間の1週間でした。
しかし内容の濃い1週間でもありました。
1年間名古屋に左遷されていた空白期間を埋める為に費やした思いです。
新しい自分の席。でも1年前と同じフロア。
不思議な既視感。
微妙な周りの視線。これは気のせいでした。
もともと自分が居たフロアだった為か、通りすがりに色んな人が声をかけてくれました。
「よく戻れたね。」
「久しぶり。」
「あれ?どっか行ってなかったっけ?」
温度感に違いはあれど色んな人に覚えていて貰えた事が嬉しかったです。
この春で異動してきた人達からも声をかけてもらえました。
以前の同僚からは
「じゃあ昼飯でも一緒に」
と昼ごはんを食べながら、名古屋での出来事も少しずつ話せました。
やはり、東京本社が私の ホーム でした。
まだ、新組織となったばかりで私の役割も具体的にはこれから相談という雰囲気なのでまずは職場の空気感を取り戻すことにしました。
つまり、仕事は殆どしないでぶらぶらする。という事です。
こまめに喫煙室に行きタバコを吸っていました。
息抜きと共に誰か知っている人が来れば挨拶しようという目論見です。
この感覚はタバコを吸う人にしか分からないとは思います。
喫煙室には部門を越え、年齢を越えて色んな社員が集まるので復帰した挨拶をするにはとても都合が良いのです。
喫煙室には私がとても御世話になった元商社人事部長だった方も来られます。
その方が喫煙室にやって来るタイミングを知っていたので早々にお会い出来ました。
「お!久しぶりだね。」
明るく声をかけて頂けました。
「名古屋から戻りました。もう東京に引越し終わりました。」
新しい部署や誰の部下になったかも合わせて報告しました。
「そりゃあ良かった。何処に住んでるの?奥さんは元気?」
さすがだと思いました。
即座に私の家族や住まいの事を心配してくれたのはこの方だけです。
自らも沢山の部下を持ちながら今は部下でもない私の私生活を心配するその懐の深さに感銘しました。
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ぶらぶらするとは言え全く何もしなかった訳ではありません。
最も重要なのは、東京本社に戻る事が決まってからかかった経費の精算です。
とても沢山経費がかかりました。
・社宅の内見の為、家族を連れて一泊で東京、名古屋間の往復
・一端決めさせられた社宅をキャンセルして再度自分で見つけた部屋を社宅化する為の東京、名古屋間の往復
・大家不動産会社へ契約と鍵受け取りの為の東京、名古屋間の往復
・猫2匹を連れて東京に引越しする為の車移動の高速代
その他諸々かかりましたが経費精算出来そうなのは上記4件ほどです。
これに社員としての現住所変更届け。
通勤経路の報告と通勤費の申請。
久しぶりの事務作業なので間違いの無いようにじっくり時間をかけて行いました。
半日以上はかかりました。
そして、申請が承認されてから経理部へ挨拶も兼ねて書類を手で持って行きました。
経理部の人達は移動もなく私のことも覚えていてくれてほっとしました。
そんな作業をしている時、偶然別件で人事部担当者が私の席を通りがかりました。
「あ!色々御世話になりました。」
立ち上がり軽く頭を下げました。
「良かったですね。ちょっと引越しでトラブルあったみたいですね。」
人事部担当者は社宅管理会社の評判が実は社内でも悪い事、但し社宅管理は自分の管轄外であるので手が出せないと打ち明けました。
「何はともあれ、頑張らずにがんばって下さい。」
そう言うと何と手を差しのべて握手を求めて来ました。
「!!!」
驚きました。彼の性格はそんなタイプじゃありません。
瞬時に私は1年前、最初の左遷人事と報復人事で元上司から私がモラルハラスメントを受けている事を最初に訴えたのが彼であった事を思い出しました。
「ありがとうございます。」
私も手を差しのべて人事部担当者の手を握りました。
彼の手は疲れてぐにゃりとしていましたが、私は強く固く握手を返しました。
粘り勝ちです

何処までも続きそうな平野と街並み。明るい未来を想像したくなる街です

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東京新居に入居。そして本社に復職出来ました
こんにちは あぽろ です。

名古屋を車で脱出した夜遅く東京の新居に到着しました。
名古屋への左遷人事を受けて、はや一年念ずれば通じるというのでしょうか本当に東京に帰る事が出来ました。
翌朝からは引越荷物が搬入され部屋は段ボールだらけです。
猫さんたちは怯えきっているので押入に非難して貰いました。気の毒ですが馴れてもらうまでずっと出て来ませんでした。
前日の引越搬出、東京まで車の運転、そして早朝からの引越搬入と段ボールの開梱。
正直身体はよれよれでぐったりしています。
しかし不思議なものでこころは晴れやかな状態でどこか気持ちが良いのです。
願いが叶う過程というのはこんな晴れやかなワクワクした気持ちがもたらすものかもしれませんね。
甲州街道沿いの喧騒も1歩部屋に入るとすっと静かになります。
良く防音対策された部屋を選んだようです。
ベランダでたばこをふかすと南側の空が開け遠くまで見渡せます。
馴染んだ東京の空です。
引越作業で身体を動かし、肉体の疲労感で眠りにつき、朝は自然と早く目覚める。
まるで健康な人の生活の様です。
うつ病で寝込んでいた事が遠い昔の事の様に感じます。
数日でざっくりと段ボールはすべて開梱出来ました。
そして…。
一番の私の願いであり、ハードルであった東京本社への出勤日となりました。
やはり前日は言葉に現せない不安感がよぎりました。
期待と不安が同じくらいでせめぎあっているようです。
幸い身体が引越作業で疲れていたので思い悩むまで至らず眠りに着くことが出来ました。
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4月1日
新年度のスタートです。
そして、私が半年間うつ病で休職していた期間が終了し復職する日でもあります。
京王線で渋谷まで通勤まだルートは確定ではないですが相変わらずの通勤ラッシュがここは東京だと実感できます。
1年前まで毎朝通っていたコンビニまでたどり着きました。
店主のおじいさんがまだ元気に接客していたのが妙に嬉しく感じました。
ここで缶コーヒー片手にタバコを一服です

1年ぶりに見上げる本社は何か懐かしさを思い起こさせました。
「ホームに帰って来た。」
そんな気分です。
エレベーターホールを抜けて私の新たなフロアに入りました。
奇しくも1年前に座っていたゾーンのすぐ隣です。
さすがに全く同じ部署には戻れず人事部の配慮から別の部署に勤務します。
早めに来たつもりでしたが新しい上司が先に来ていました。
「おはようございます。本日より着任します。」
明るく元気に挨拶をして私の職場復帰はスタートしました。

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名古屋脱出。東京に引越します。
こんにちは あぽろ です。
ついに念願かなった東京への引越の日がやって来ました。
本当に帰れる日がやって来て感慨深いものがありました。
名古屋への左遷から半年で完全にうつ病でダウンして半年。
殆ど脱け殻だったところからブログやSNS等で色んな方々との交流があったからこそここまで来れたと心の底から思います。
そして、当然家族の支えがあった事もとても大きな安心でした。
名古屋の部屋の中を整理して引越荷物として梱包を続ける日が続きました。
思った以上に大変で毎日筋肉痛の日々だったです。
半年間の休職で体力がとても弱くなっていました。
しかし、筋肉痛を感じながらも何故か心はどんどん軽くなって来ている事を実感します。
やはり、希望 が実現に向かっていることが こころを強くしてきているのでしょうか。
名古屋の部屋の荷物を全て搬出出来たのは、丁度昨年部屋を決める為に内見に来た頃と殆ど同じ日取りでした。
不動産会社に部屋の鍵を引き渡し、完全に退去です。
妙な左遷人事から出来た名古屋支店との縁もここで終了です。
東京本社で新たな部署で新たな縁を作ります。
小さな軽自動車に家族と猫2匹を乗せて沢山の希望も詰め込んで東京へ向かう為に車のエンジンをかけました。


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名古屋支店長にお別れのあいさつを
こんにちは あぽろ です。

東京への異動が公開解禁になりました。
今まで長く休職したお詫びと異動の挨拶をするため名古屋の支店長に挨拶をしようと思いました。
名古屋支店でも後輩に罵倒されたり、閉鎖的な空気に受け入れて貰えなかったり嫌な記憶ばかりでした。
しかし、最後は明るくお別れしたいと思ってました。
社会人の礼儀かな?と考えた訳です。
名古屋支店長に面談のアポイントをとるべくメールをしていたのですがなかなか日時の返信が届きません。
あまり私には会いたくないのかも知れません。
ただ、無視して転勤するのも礼に反すると思い再度引越予定日を伝えてアポイントをお願いしました。
名古屋支店に出向くつもりでしたが忙しいのでしょう。
当日。かなり早めに現地に着き分かりやすい席を確保し支店長を待ちました。
時間通りに支店長が現れました。
御無沙汰して申し訳ないと挨拶もそこそこにお詫びしました。
アイスコーヒーを買ってきて本題に入りました。
・私の最近の体調はどうか?
・異動先の部署はどんなところか?
・医師からどんな指示が出ているか?
・どんな薬を飲んでいるか?
当然ですがこんな話題を振られました。
淀みなく明るく答えられたと思います。
今となっては、休職当初寝たきりだった1ヶ月程度の期間は記憶が殆ど無くなっていることも正直に話しました。
この辺から支店長の口が重くなって来ました。
何を話せばいいのやら?といった感じに見えます。
メンタルの不調を訴えてこんなに長期間休職した人間と何を話せばいいのか解らなくなっているのでしょう。
そして、
「何がそんなに不満だったのか?」
という本音をぶつけられないもどかしさや軽い怒りも持っている雰囲気を感じました。
ただ、お互い新卒入社組の社員として私の方がずっと先輩であった為か口には出せないようでした。
支店長はあまり目を見なくなり沈黙が続く様になりました。
言いづらそうにしながら締めの言葉に入って来ます。
「こころの病気とはいえ、突然休職した事で実務を引き継いだ担当者たちはイレギュラーな対応で大変だった。」
「この場とは別に彼らにあいさつをする機会を設けて次の部署に行ってほしい。それがマナーだと思う。」
こう言い残し、次の会議があるのでここで失礼すると席を立ちました。
直接的に責める言葉はなかったですが、遠回しな苦言を呈されたようです。
終始笑顔で私も対応に努めましたが、やはり後味は若干悪いものでした。
覚悟はしていましたので言い付けを守る為、支店長が、去った後すぐに直属の上司に電話で事の次第とお詫びをしました。
「全社員が集まる会議前にお話しましょう。まずは良かったじゃないですか。」
と労って貰えました。
後は、フォローしてくれた担当者に夜、メールでお詫びと異動の挨拶をするつもりです。
うつ病などで休職された方が復帰するには、元の部署や上司に穏やかな対応が必須です。
そして、健常者がとり得るマナーや儀礼は出来れば割愛してあげる寛容さも必要だなと感じました。
同じ会社に復帰出来るというのも生きていればこそ出来ることです。
私に親い人がもし、病んで復帰したらマナーよりも自分のこころの安心感を優先させてあげたいと強く思いました。
名古屋の呪縛から解かれた私は、心置きなく引越作業に入れそうです。

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東京新居キャンセルして再度部屋探し
こんにちは あぽろ です。




今週始めに急いで決めた猫2匹飼育出来る新居。
名古屋に帰って引越荷造りしながら家族と話を沢山しましたが、何か釈然としないものが残りました。
やはり社宅委託不動産屋に全権を委ねて探した物件。
若手の女性社員が見立てた物件のみで新居を決めた事で
「本当に猫2匹飼育可能物件は3件だけしか無かったとは考えられない。」
そんな結論に至りました。
木曜日の朝、喫茶店でコーヒーを飲みながら本当にこれで良いのか熟考しました。
「やはりもう一度、今度は全て自分で物件を探そう」
そう決断しました。
何せ何十年も住むことになるかもしれない新居です。妥協は良くないと思い至りました。
喫茶店を出てすぐに
社宅委託不動産屋のマネージャーに一旦契約した物件に納得していないこと。
若手社員が3件しか物件を探せなかったこと。
私がネットで調べた物件の詳細な確認をしていなかった事を訴えました。
そして…。
私がネットで調べた物件全てを再確認して解答をする様に求めました。
とことん調べる腹積もりです。
マネージャーは、若手社員の調べの甘さを謝罪しながら私の意見に同意してくれました。
そして私がネットで調べた「ペット飼育可能物件」全てを再度確認すると約束してくれました。
私はこれと並行して自力でネットで各物件に「猫2匹飼育出来るか?」
と問合せをしました。
さすがに個人で問合せをすると各不動産会社はすぐに連絡をくれて、携帯にガンガン営業、フォローの電話をくれます。
私は事情を説明しとにかく猫2匹を飼える物件を報告する様にお願いしました。
午前中だけでかなりの情報が入りました。
2匹というハードルは確かに高かったのですが、申込みのタイミングだけで逃した物件も多かったです。
しかし、1つ、元付けの管理会社の社長さんから連絡頂いた案件がありました。
猫の飼育についても理解が深かったです。
猫の生態への質問や現況物件の詳しい来歴も説明してくれました。
安易かもしれませんがとても信頼出来る口調でした。
決めました。
「明日、名古屋から内見に行きます。」
「内装状態が良ければすぐ契約したいです。」
社宅委託不動産屋を飛ばしてどんどん話を進めました。
このやり取りを社宅委託不動産屋マネージャーに報告し契約だけは社宅委託形式で契約する様に依頼しました。
前回の件があるのですぐに受け入れてくれました。
ドタバタですが翌朝早い新幹線に乗ってまた家族を連れて名古屋から東京に向かいました。

今週2度目の富士山も綺麗でした。
内見時間のかなり早い時間に現地に着いて周囲の環境をつぶさに調べました。
駅徒歩3分の案件ですが商店街もスーパーも程よく混じって良い雰囲気です。


こんなレトロなマスコットが薬局前にある商店街です。

物件目の前に小さな神社もあり思わず
「これからの家内安全」
をお祈りしてしまいました。
社宅委託不動産屋マネージャーと合流し物件内部の内見をじっくりしました。
綺麗でした。
手入れが行き届いていました。
私も素人でもなく店舗の設計や設備の手配をしていたので一目でわかりました。
管理会社の社長さんが
「中も綺麗なので是非見てください。」
と自信を持っていたことも納得出来ました。
社宅委託不動産屋マネージャーは別件の資料も用意していましたが、ここは納得の上で決断しました。
「前の物件キャンセルしてここで決定します。」
「今、決めている引越スケジュールは必ず守って契約、鍵屋引き渡しまでお願いします。」
今回は、私も家族も充分納得の上で指示出来ました。
前回の妥協で決めた時から胸につかえていたモヤモヤがここで一気に晴れました。
もう、迷いはありません。
苦渋を舐めた名古屋での生活から抜け出せる確信がこの時初めて得られました。
未来が少し明るく見えました。
勝手な妄想ですが、暖かな春の陽射しのなかぼんやり感じる事が出来ました。
何でも妥協のまま進めては駄目なものですね
くるねこさんの猫の引越話で切なくなりました、

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東京での新居探し。なかなか猫を飼うのは大変です
こんにちは あぽろ です。

東京での復職が決まりました。
名古屋から念願の東京本社への転勤です。
と言うことは新しい住まいを見つけなければなりません。
私の会社では、転勤には社宅を利用出来るのですが普通の賃貸マンションを委託不動産屋を通じて借りるだけです。
しかも何故か家賃は100%個人負担です…。
我が家には猫さんが2匹居るのでこれが結構難しい問題です。
ネットでは「ペット飼育相談」という物件が沢山出て来ますが「猫」「2匹」となると賃貸では物件が本当に少ないです。
ネットではそこそこ当たりを着けていましたが会社の委託不動産屋を通じて手配しなければなりません。
担当の不動産屋営業の方に私が調べた物件を含め希望沿線で調査をお願いしました。
≪第一希望≫
京王線沿線
≪第二希望≫
中央線沿線
若い女性で業界経験の浅い方が担当だった為かなかなか物件情報が上がって来ません。
内見希望日まで1週間以上ありましたが3件しか上がって来ませんでした。
今週の初めにとりあえず内見の為、東京へ向かいました。現地で別の物件が出て来るかもしれませんし。
新幹線で東京に向かうといよいよ復帰出来る実感が沸いて来てワクワクしました。

委託不動産屋に着き車で内見スタートです。
Googleは本当にすごいですね(^_^ゞ 初めて来た気がしません。
ネットでも写真を見ていた各物件を内見しました。
「せ、狭い。結構汚い…。」
ちょっとガッカリしました。こちらはGoogleの様にはいきません。写真ではすごく広く綺麗に見えていただけです。
家族も同じ感想でした。
しかし我が家は猫さんを飼う事が最優先です。
3件の内見を終えてホテルで家族とじっくり話し合いました。
とにかく東京に帰って猫2匹を飼える住まいを見つけることを優先して中央線沿線の古いマンションで妥協しました。
若い女性担当の不動産屋に社宅契約依頼の電話を入れました。
モヤモヤしながらも猫さん達の住まいを確保出来た事で自分を納得させながら眠りに着きました。

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休職期間終了間際。ついに東京への転勤異動が決まりました!
こんにちは あぽろ です。
とうとう3月になってしまいました。
私の休職期間は3月15日までです。
そして、人事部からの内示が発表されるのは3月中旬。日程は不明との事。
正直どうなるものやらと毎日胃の痛む思いをしていました。
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※ついに3月1日に精神科の主治医しびれを切らして
と半ば呆れ顔で言い放ちました。
自宅に帰り主治医に言われた事をそのまま人事部担当者に伝えました。
人事部担当者からは、すぐに連絡がありました。
「東京の部署に人事異動ほぼ決まりです。」
「主治医の治療方針は尊重します。」
「でも、正式内示ではないので、内緒にして下さい。」
「ただ新部署のリーダーが面談したいと言ってます」
不思議な根回しですが、乗りました。
新部署のリーダーもメンタルを病んだ事があるのを知っていたので、理解して貰えそうに感じたのです。
3月3日には、面談して私の復調に様子を見てもらいました。
幾分安心したようです。
正式な内示は出ていませんが、かなりの前進で手応えを感じました。
どうやら4月からは東京で復職出来そうです
この半年間、いや1年前の左遷内示を受けた時からの出来事が頭に走馬灯の様によぎりました。
長かった…。本当に長かったです。
25年今の会社に勤めていてこれほど長く感じた1年は初めてです。
約半年間の給料や評価は棒に振る事になってしまいました。
しかし、全く不本意な左遷人事で名古屋に転勤し数々の屈辱を味わった事を軌道修正するには必要な時間だったのかも知れません。
今は、死ななくて本当に良かったと思っています。
ここでブログを綴り出したのも、実は半分「遺書」のつもりで綴っていました。
私が、突然自殺してもこのブログが発見されれば、私に何が起こり、どんな心境を抱えて人生の幕を閉じたのかが家族や関係者に伝わる、と考えていたのです。
私が、うつ病となって苦しみながらたどり着いた答えをまとめます。
1.死なない
2.会社を辞めない(正社員の地位を手放さない)
3.図太く開き直る
それでも、半年休み続けて掴んだ上記3つの答えを胸に刻んで立ち直ってみせる。
そんな前向きな心持ちになれました。
一度でもこのブログをご覧頂いた方々及び、SNSで知り合った方々に心から感謝申し上げます。
ありがとうございました。
これからは、引越の準備をじっくり進めます!!!
3月中には、東京に戻ってみせます!
■ 散歩の途中に見つけたお寺のおことばです。身に染みました
■本格的な復職に向けてこころの準備を始めました。

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■引越を期に今まで様々なものへの執着を今回さっぱり全て捨てようと思います。
人事部との復職面談終了、東京に戻れるかも知れません
こんにちは あぽろ です。
2月23日、人事部担当者と内示前の最終面談を行いました。
前日の夜、理由の解らない恐怖感で心臓がバクバクして、胃がキリキリと痛みました。
朝起きて身仕度を整えながら不思議な気分になりました。
休職前と同じ時間帯に仕度をして、会社の近くに出掛けた訳ですが、何も考えず坦々と体を動かせたのです。
何か過去の嫌な感情の記憶が無くなった心持ちです。
天気が良かった事も影響しているかも知れません。
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人事部担当者との面談場所の喫茶店に着きました。
まだ、担当者は来ていません。
コーヒーとたばこを飲みながら待ちます。
ここでどっと猛烈な不安感が襲って来ました。
「何を言われるだろう」
「東京に帰れないと言われたらどうしょう」
悪いことばかりよぎります。
人事部担当者がやって来ました。
気持ちを奮い起たせて、にこやかに挨拶をして最近の体調や担当者が忙しそうなところを気遣います。
そして、本題に入って行きました。
担当者が私の体調自体は良好になっている事を見極めたのでしょう。
「基本的には東京に1度戻って頂くつもりです。」
「個人に向けた対応というより春の定期異動に合わせて然るべき部署に異動、という形を取りたい。」
「よって、公平性の観点から必ず東京に異動出来るとはまだ思わないで欲しい。」
人事部担当者は、私に配慮しながら人事部としての予防線を張って前置きしました。
そして今度は、私に問いかけました。
「東京に戻れるとすれば、どんな仕事ができそうですか?」
私は少し考えました。半年休職した人間が今、どんな仕事へのモチベーションをもっているか推し量って来ている事をはっきり感じたからです。
「左遷前まで仕込み始めていた新しい事業を立ち上げたいです。」
「会社にとって必ず必要になる事なので左遷されるとも知らずずっと準備していたのです。」
ちょっと担当者の表情が変わりました。
新しい事業、と言うものに興味を引かれた様です。
「その事業は実施すればどれぐらいで収益化出来そうですか?」
「どうやってその事業で会社に利益貢献するのですか?」
結構、担当者が食いついてくれたので事細かく説明しました。
全国のお店のボリュームを使ってこそ、なし得る事で有ることも詳しく説明しました。
ここから、人事部として想定していた復職部署について詳しく教えてくれました。
・東京本社勤務出来る部署を選定
・いきなり外回り営業では心身への負荷が大きいので避けたい
・グループ会社も含めて東京本社内で勤務出来る部署を選定
以上の条件で、いくつかの部署を具体的に教えてくれました。
人事部担当者としては、ある程度の手応えを感じた様子です。
また、再度念押しされました。
「伺った話から、各部署と調整を重ねて会社全体での異動計画がまとまるまで、つまり内示発令するまで待って欲しい。」
「東京本社に戻る事を最優先するなら今あげた部署以外になっても理解して欲しい。」
私は、了承しました。
ただ面談の最後に付け加えました。
「もう、家族も抑うつ状態で通院しており、このままでは家庭崩壊するので部署問わず東京に戻れる事が解れば連絡が欲しい。」
これには、人事部担当者としての役割ではなく人として同情をしてくれた様子でした。
ただ、早期の連絡は約束してくれませんでしたが…。
=======================================
ここで面談は終了しました。
じっくり2時間ほど話をしたでしょうか。
気付けば私は、全身にじっとりとした冷や汗をかいていました。
意識していませんでしたが、心臓がまだバクバクして動揺していました。
担当者を名古屋地下鉄まで案内し、そのまま名古屋の街中をふらふら彷徨いました。
先ほど迄の面談内容をずっと頭で反芻し続けました。
微妙ですが東京に戻れそうな感触は確かに得ました。
但し、人事内示発令がされるのは3月中旬です。
まだ、半月ほど先です。
人事部担当者は調整に努力してくれるのは確かな様です。
信じていいのでしょうか?
いや、信じるしかないです。
人事内示発令までこれからの半月ほどをどんな心持ちで居ようか。
家族にどう説明しようか。
手応えと肩透かし、両方を胸に抱き私も帰宅の為、名古屋地下鉄に乗り込みました。
うつ病を直すにはうつ病になったまでと同じ期間が必要です
こんにちは あぽろ です。
もう少し、もうちょっとのきっかけでうつ病が治りそうな気がしています。
昨年の3月14日に突然左遷内示を受けました。
名古屋に転勤し本当に体が動かなくなってうつ病と診断されました。
休職しだしたのが9月16日。
だいたい6ヶ月で完全にダウンしました。
現在休職から5ヶ月を越え始めて気が付きました。
「うつ病は、ダウンするまでにかかった時間だけ復調するまで時間がかかる。」
これはあくまで私の感覚なのですが、急性のうつ病であれば当てはまる事例が多いのではないでしょうか。
うつ病は治りかけが、とても重要で危険を伴うとも聞きます。
(自殺の危険性が上がる時期だそうです)
左遷により強烈な怒りのストレスから、転げ落ちるように体調が悪くなった事を思い出すと、そろそろ今は元の生活が出来そうな気分です。
自分の体調が戻りつつあるなか、残るは東京に職場異動する事が出来るか。
これが一番の問題です。
人事部は、ずっと東京に戻りたい私の意思を無視してきました。
私のうつ病治療は、次のステップに踏み込んでいます。
人事部との折衝がとても重要です。
2月23日 人事部との内示前の最終面談があります。
どうやらここで私と人事部との決着が一つ着きそうな雲行きです。
=====================================
今は、悪い予感が頭に巡る度、猛烈に気持ちが落ち込みます。
復調した体調に反したこころの反応です。
胸が苦しく、胃がジリジリと焼ける辛さです。
【名古屋の主治医は、治療には東京に戻るしか治療の術は無い。】
診断書で断言してくれています。
しかし…。
【人事部は、診断書を見てもまだ、アクションを起こしていません。】
この溝が仮に埋まらなければ、私は最終手段を取るしかありません。
なった事への労災申請です。】
労基署には以前事情を電話通報し、社命、個人名も明かし、労災申請手順は指導頂きました。
うつ病発症の9月16日から半年遡って、社内の関係者全てに事情聴取
ならびにメールや指示などの記録を会社に監査を入れるそうです。
そうなれば、会社の実名、私の実名、私を左遷した元上司の実名も全て
明らかにして、社会に問題提起したいです。
社長一人の「夢しか実現しない」スローガンにどれだけの社員が犠牲に
なっているか、東京方面のユニオンにも手を廻す手はずは済んでいます。
人事部面談まで、あと少し。今夜も震えながら眠りにつくしかなさそうです
うつ病改善。でも東京に帰れるかが問題です
こんにちは あぽろ です。
早いもので、うつ病で休職し始めて5ヶ月が経ちました。
実は時折、自分はうつ病が治ったのではないか?
と感じる事があります。
それは、東京に帰って元の職場でなら今、自分はあんな事が出来るだろう、こんな事が出来るだろうと想像出来る様になったからです。
過去を悔いず、未来を憂えず という精神科養生に関する本に書いていたことが実感出来ることが増えたのです。
とても大きな前進だと思います。
ただひとつ問題もあります。
私は、現段階では名古屋支店の人間であり、まだ東京に戻れるとは決まっていない事です。
もし、仮に名古屋支店にまた勤務せよ、と指示されたら…。
そう考えるだけで寒気、吐き気がしてきます。
不思議な心持ちなので、今の気持ちを精神科医にそのまま打ち明ける事にしました。
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「最近は、気持ちも安定して頭のもやが晴れたようです。」
「東京勤務なら明日からでもプレッシャーを感じず出勤出来そうな気分です。」
「朝、普通に起きてそのまま喫茶店に行って新聞読んだりしてます。」
私は、診察室で最近の心持ちを説明しました。
主治医は慎重に、でもにこやかに私の表情を観察していました。
少々の間を置いて答えました。
「もう、大丈夫だね。」
そうなのです。
うつ病の症状が治まっても、本来の原因であった元上司に左遷されてやってきた名古屋から東京に帰ってよいかどうか。
人事部との面談の連絡すら来ないのです。
主治医は続けます。
「困ったもんだね。東京に戻る事でうつ病の決着が着くのに。」
「東京に戻れるとの確認さえとれればいつでも復職許可書を書くよ。」
「医者が、こう言ってると人事部に伝えてみて下さい。」
======================================
体調は大きな前進をしていながら、人事部の連絡待ちという微妙な結果になってしまいました。
帰宅してから人事部担当者に連絡しました。
もちろん主治医から東京勤務ならすぐにでも復職許可を出せると言われている事も添えてです。
人事部担当者の口は重いものでした。
「確かに面談した方がいいですね。」
「取り合えず来週の火曜日辺りに予定調整してみます。」
あまり乗り気で無いのが電話口から伝わって着ます…。
体調が戻っても、結局運命を握っているのは人事部なのか…。
少しやるせない気持ちになりました。
しかし、現段階で私に出来ることはここまでです。
一週間後の人事部面談。
それまで、まだ心を休ませて貰えない様子です。
環境さえ整えば、人生の再スタートがきれるのに…。
忸怩たる思いを抱えながら1週間待つこととなりました。
せめて引越しの準備だけでも進めたいものです。
世の中の普通と言われる会社なら、もう少し臨機応変に対応してくれるものなのだろうと切ない気持ちになってしましました。